「どるめん」とチャナカレー
[2023.10.05]
兵庫県尼崎市の住宅街に、「どるめん」という名の喫茶店がありました。新聞記者時代によく通っていたのは、その店の骨董品屋のような不思議な雰囲気に魅了されたからだけでなく、人権や平和について考える市民活動家たちの拠点となっていたからでした。
店主の金成日(キム・ソンイル)さんは、差別と闘い続けた激動の半生とは裏腹に、穏やかな語り口調の柔和な方でした。私にとって、「どるめん」は、大切な取材の場であると同時に、当たり前のように日常にはびこる不条理から少しでも解放された人たちとの時間を共有できる、隠れ家的空間でした。
「どるめん」の名物メニューに、チャナカレーがありました。チャナとは、ひよこ豆のこと。ひよこ豆は、同量の大豆と比較して、約3倍の葉酸を含むそうです。また、筋肉をつくるのに必要なビタミンB6や、抗加齢効果を期待できるビタミンEが豊富といわれています。
えらそうに書きましたが、ひよこ豆の栄養に関する知識を得たのは、医師になってからの話。ひよこ豆がたっぷりと煮込まれた「どるめん」のチャナカレーを回想するうち、久しぶりに食べたい、金さんに会いたいと思いましたが、数年前、惜しまれつつ閉店したようです。店先にあった大きな古い振り子時計の針は、いまも止まったままでしょうか。