心と身体のよりどころ
[2021.03.11]
新聞記者のころ、路上生活者のルポタージュを執筆したことがあります。
関西地方某所のとある駅前公園で、路上生活歴が長いという通称「エーさん」から、段ボールをわけてもらい、冬の夜を過ごしました。地面からの目線で行き交う人々を眺めると、実際には近距離なのに、とても遠くに映る影のように感じました。また、ゴミ箱に捨てられたコンビニ弁当の残りが、空腹を満たしてくれるごちそうに見えたのを覚えています。
顔に冷たいものを感じて目を覚ますと、それは、雪でした。そのとき、ふと感じたのです。ここにいる路上生活者と私との決定的な違いを。私には、帰るべきあたたかい部屋があるけれど、路上生活を余儀なくされている人には、それがないのだということを。
生活保護を受ければいいのではないかという意見もあるかもしれません。ただ、少なくとも、私が取材した人たちの多くは、犯してしまった罪や家族との確執などでそれができない事情を抱えていました。
新型コロナ禍で、先の見えない不安を感じるとき、このときの取材経験を思い出します。いま、記者から医者となった私にできることは、病気で苦しむ人のための、心と身体のよりどころになることです。当院が、みなさんの健康にとって、あたたかい部屋であり続けられますように。