「数学する身体」と心
「数学する身体」(森田真生、新潮文庫)は、近年読んだ本のうち、強い感銘を受けた作品のひとつです。タイトルからすると、ともすれば、幾何や代数といった数学に関する専門的なテキストともとらえられます。しかし、実際には、数学を通じて人間の心を知ろうとする試みについて、若き俊英が、チューリングや岡潔といった異能の数学者たちの生き様をたどりながら、豊富な知識と研ぎ澄まされた感性に裏打ちされた言葉でまとめ上げた骨太な内容となっています。久しぶりに、夢中になってページをめくりたくなる本に巡り合いました。
心とはなにか。脳のニューロンが織りなす科学的プロセスの産物でしょうか。考えるとか感じるとかいった行為そのものでしょうか。他者とのつながりに見出すことのできる共感でしょうか。本当の心を解明するアプローチは、多様です。その手段のひとつとして、数学者としての視点からの探求を模索する森田さんは、同書の中で「チューリングが、心を作ることによって心を理解しようとしたとすれば、岡の方は心になることによって心をわかろうとした」と記しています。また、終章で「心を知るためにはまず心に『なる』こと、数学を知るためにはまず数学『する』こと。そこから始めるしかないのである」と結んでいます。その先には、たとえば、人工知能をめぐる課題や、そもそも人間とはなにかといった普遍的な命題を紐解く糸口が見えてくるかもしれません。
心臓という言葉は、心の臓器と書きます。心臓のことを、知ろうとすればするほど、新たな不思議がみえてきます。情緒としての心を直接生み出す臓器ではないとしても、心臓についてもっと深く知りたい、その知見を患者さんのために役立てたいとの思いは、同書を読んだ後、一層増した気がします。