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雨と記者時代の思い出

[2024.07.04]

雨の続く日には、時折、駆け出しの新聞記者時代を思い出します。

記者として最初に任された仕事は「サツタン」、つまり、事件や事故を取材する警察担当でした。そして、当時「夜討ち朝駆け」といって、帰宅後や出勤前の警察幹部宅を訪ねるのが伝統的な取材法のひとつでした。

そんな中、数か月間何度訪ねても、一度も応対してもらえなかった方がいました。もちろん、公務中ならまだしも、プライベートの時間帯にまで新聞記者に会いたくないと思われるのは当然です。ただ、若気の至りでしょうか、深く考えることなく通い続けました。

それは、雨の降りしきる夜でした。その方の家の窓からもれる灯りが、いつもよりとてもあたたかく感じられました。そして、楽しそうな笑い声が聞こえてきました。その瞬間、呼び鈴を鳴らそうとした手をおろして立ちすくみ、動けなくなりました。雨水を吸い込んだスーツは一気に重くなり、じんわりと体が冷えてきました。しかし、大切な家族の時間にまでお構いなしに踏み込んでしまっていたいまの自分には、この姿こそお似合いだと思えました。

何十分、いや、実際には、数分間だけだったかもしれません。「風邪ひくぞ、中へ入れ」。玄関の扉が開き、声がしました。それは、警察署で聞くときのような鷹揚さの感じられない、静かで穏やかな響きでした。

たしか、あのときも梅雨時だったような気がします。思えば、蕭々と降り続く雨の雫が、お互いの壁を穿ってくれたのでしょうか。

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