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ダンスの追憶と足壊疽

[2021.05.14]

「若いころ、よくダンスホールで踊っていたんだ」。勤務医だったころ、糖尿病治療のために入院していた初老の患者さんが、青年時代の写真を、恥ずかしそうに見せてくれたことがあります。のちに、結婚し、その後、離婚することになる女性と、きらびやかな衣装をまとって踊っている様子をとらえた、2人のはじける笑顔が印象的な写真でした。

この患者さんは、以前に糖尿病を指摘されていましたが、医療機関を受診することなく放置していました。ある日、足の指が黒くなっているのに気づき、電気ストーブにあてても痛みを感じず、次第に足先が焦げてきたため、あわてて救急車を呼んだのでした。しかし、時すでに遅し、糖尿病性足壊疽の診断で、数日後、下肢を切断せざるを得なくなりました。

私に写真を見せてくれたのは、下肢切断手術を受ける数日前のことでした。とても明るい性格の方で、病室を訪ねるたびに、楽しい思い出話をたくさん聞かせていただきました。しかし、下肢切断後一変し、話しかけても静かに微笑むだけで、車いすでうつむいていることが多くなりました。しばらくして、遠く離れた山間にある療養病院へ転院されました。

糖尿病がこわいのは、合併症です。このうち、足の病変は、出現頻度が高く、ときに生命をおびやかすような重篤な状態になることがあり、感染により足が腐ってしまう壊疽もそのひとつです。これから先の楽しい人生が待っていたはずなのに、ダンスの追憶が、思い出の中だけの出来事になってしまうのは、とてもかなしい気がしました。

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