蝉と禅
風枝上一蝉吟(ふうしのうえいっせんぎんず)という禅の言葉があります。風に揺れる枝にとまった1匹の蝉が鳴いている様子をあらわし、少しずつ秋の気配が近づいているのを感じさせます。
秋の訪れを知らせる蝉は、寒蝉(ひぐらし)や秋告蝉(あきつげぜみ)とも呼ばれます。入道雲のもたらす夕立が、ひと降りごとに夏色を洗い流しながら秋風を運ぶように、ヒグラシの声が、私たちに秋を囁いてくれます。二十四節気では、立秋、七十二候では、すでに寒蝉鳴(ひぐらしなく)を過ぎ、蒙霧升降(ふかききりまとう)に入っているのが、いまの時期です。
主に午前中に「シャワシャワ」と鳴くクマゼミや、昼下がりに「ジリジリ」と鳴くアブラゼミに対し、ヒグラシは、夜明けや日の入りといった薄明かりの時分に、「カナカナ」という声を静かに響かせます。寒蝉の奏でる悲しげな音色は、夜の時間が徐々に長くなる夏から秋への移ろいをなぐさめる哀歌のようです。
その一生は7年7日といわれるように、蝉そのものも、土の中での長い幼虫生活に比べ、地上に出てからの寿命の短さゆえに、はかなさの象徴とされます。もしかしたら、短い一生の中で「自分とはなにか」を探求する禅の精神に通ずるところがあるのかもしれません。そういえば、蝉と禅、漢字もよく似ています。
禅には無常迅速という言葉もあり、時間が止まることなく瞬く間に過ぎていくことを意味します。流れる歳月が、私たちを待ってくれることはありません。だからこそ、私たちは、人生のかけがえのない1つひとつの出来事を大切にして生きていこうとするのでしょう。巡る季節をまだ見ぬ新しい命に伝え続ける蝉のように。
