花椒と山椒
30年以上前になりますが、中国・四川省の成都を旅していたとき、現地で知り合った人から、近くに麻婆豆腐発祥の店があると聞き、訪ねたことがあります。日本円にして当時1杯100円ぐらいだったでしょうか、「陳麻婆豆腐」と書かれた看板のあるその店で、運ばれてきた麻婆豆腐をひと口食べた途端、独特のうま味とともに、これまで味わったことのない強烈な、しびれる辛さがおそってきました。これが本場の麻婆豆腐かと、水を何杯も飲みながら実感したのを覚えています。
実は、発祥の陳麻婆豆腐からのれん分けされた同名の店舗が、日本にあります。先日、学会で横浜に行った際、久しぶりに陳麻婆豆腐を再訪し、懐かしい辛さに汗をかきつつ、若かりし日の味の記憶をたどりました。
本場の麻婆豆腐の、辛さの素となる成分のうち、「麻」は、花椒(かしょう、ホワァジャオ)によるしびれるような辛さをさします。花椒は、日本原産の山椒と同じ、ミカン科サンショウ属の植物で、乾燥した実の皮が原料です。山椒が、熟する前の実も用いて作られるのに対し、花椒は、熟した赤い実の皮のみを使います。そのため、どちらもピリピリとした辛さが特徴ですが、その味わいを異にしています。
さて、山椒、そして、夏といえば、鰻(うなぎ)を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。ふっくらとたれ焼きされた鰻に、山椒をたっぷりとかけて食べるのを想像するだけで、お腹がすいてきそうです。そういえば、昔、ある高齢の患者さんと、こんなやりとりをしたことがあります。「最近、食欲がなくてね」と患者さん。「それはつらいですね。何か少しは食べていらっしゃいますか」とお尋ねすると、「今朝は、鰻丼ぐらいしか食べていないなァ」と。
いえいえ、鰻は元気の源、きっと食欲も戻ってくるはず、否、もう戻っているかもしれませんよ。はたまた、花椒や山椒のごとくピリッと辛口のジョークだったとか。
