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東西南北の最端と思い出

[2025.10.09]

「遠くへ行きたい」。日常に疲れたとき、ふと思います。できるだけ遠くのまだ見ぬ世界へ――との願いは、もちろん現実に叶うことはなく、ただ、それを夢想するだけでも、心が動き始めます。

かつて、日本における東西南北の、一般人が行ける最端の地を訪ねたことがあります。

最北端と最東端は、それぞれ、北海道の宗谷岬と納沙布岬とされています。京都の学生時代、いずれもオートバイで訪れました。一緒にツーリングするはずだった経済学部でボクシング部の親友は、その少し前に、オートバイ運転中の事故で亡くなりました。そのため、親友の写真をオートバイに乗せての弔いの旅になりました。夏の盛りでしたが、夜にはひんやりとして、テントの中でも肌寒かったのを覚えています。ちなみに、知床(しれとこ)とは、アイヌ語で、地の果てといった意味を持つそうです。

また、沖縄県にある、最南端の波照間島と、最西端の与那国島には、研究に明け暮れていた大学院時代に旅しました。波照間島でみた、吸い込まれそうな青さの空と海、与那国島でみた、遠く台湾をのぞむ夕日は、目を閉じれば、いまも鮮やかな色彩をもってよみがえります。

一方、どの最端の地にも悲しい歴史が刻まれていることを、忘れることはできません。与那国島にある「夕陽が見える丘」のすぐそばには、「久部良バリ」という断崖があります。ここは、かつて、人頭税に苦しむ島民が、人減らしのため、妊娠中の女性を飛び降りさせ、母親と胎児の命を奪った場所といわれています。

それを思うと、最果ての絶景もまた、油彩のように何色もの絵の具が塗り重なってつくられた深みをもって私たちの前に広がってきます。繰り返す人の過ちを、天から静かに見つめ続ける巨大な目のように。

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