悪心とキツネの手袋
医の世界に身を置くようになって間もないころ、悪心(おしん)という言葉を知りました。悪い心って、何か健康によくないことを企んだりすることなんだろうかなどとも思えますが、実際には、吐き気のことをいいます。胃の中のものを吐きそうになり、気分が悪くなることから名づけられたようです。
悪心の原因はさまざまで、末梢性と中枢性に大別されます。末梢性では、めまいや胃腸炎などによる悪心が多い印象ですが、急性心筋梗塞や狭心症といった心臓の病気でも、吐き気を生じることがあります。また、脳出血や低血糖、喫煙によるものは、中枢性に分類されます。
中枢性のうち、強心薬のひとつであるジギタリス製剤による悪心は、薬剤性の代表格です。循環器の領域では、ポンプ作用の弱くなった心臓の収縮力を増強させたり、一部の心房細動において心拍数を調整したりする目的で使用されます。そんなジギタリス製剤ですが、嘔吐中枢に直接作用したり、自律神経のバランスを崩したりすることがあるため、悪心や食欲不振が起こりうるとされています。
ちなみに、ジギタリスは、そもそもゴマノハグサ科の植物で、陰干しした葉末がお薬の原料になります。キツネの手袋とも呼ばれ、観賞用としても親しまれていますが、その由来は、花や葉の形状によるのではなく、ジギタリスと命名したドイツの植物学者の名前が、時代とともに誤ってキツネに転じ、後世に伝わったためとされています。なんともキツネにつままれたような話です。
